2012年の12・16衆院選出馬は、犬丸勝子自身も全く予定していなかった。
しかし、自民党政治がダメで、民主党に変わった。多くの国民の期待の中で船出した。

しかし、民主党政府は自民党の政治をそのまま引き継ぎ、消費税を上げ、3・11以来、原発問題でも「人の命」を軽視する政策をとり続け、財政再建と言いながら、史上最高の国家予算を打ち立て、国の借金を増やし、教育問題でも、教育者や人権弁護士出身議員を多く抱えておきながら、「いじめ」問題もエスカレートするばかりで何ら良いところはなく、国民の失望と反感をかった。そして、ズルズルと3年以上の民主党の政治が続いた。

そして今度は、民主党の野田首相がいきなり「TPP参加表明」し、「TPP解散」と宣言して衆院選が始まった。いきなり「TPP」参加?確か、小沢氏が民主党を率いていた時は「TPP反対」で、民主党は伸びたはずである。ところが、その「民主党に小沢氏無き」後の民主党は「いきなり党としてこれまでの主張を全く100%転換した」のだからたまらない。

一方、野党の自民党は「TPP前向き」農家から反感かって人気凋落した。このような背景の中で、民主党と自民党が「TPP」参加となれば、戦前の「大政翼賛会」を作り戦争へ向かった時と同じ現象が起きることになる。しかも丁度そのころ、、野党自民党の党首安倍氏は「憲法改正」を同時に公言し始めた。その前から、東京都知事だった「石原慎太郎氏(維新)」は都議会で「日本国憲法無効論」まで発言していた。

そして、維新の橋下氏、みんなの渡辺氏等も「憲法改正賛成派」。これは、もう「太平洋戦争」を念頭に置いた行動と思っても間違いないと思った。

、有権者である私たちは「誰に」投票すればいいのか?

私は焦った。兎に角、選挙で投票する人がいないのである。

投票する人がいなければ「自分が主張し、選挙に出るしかない。

選挙で自分の意見を主張することは立派な参政権のひとつである。

しかし、12・16衆院選にいきなり立候補数することは全く予定になかった。

しかし、選挙の立候補をどうすればいいのか?そんなことも全く知らない。

そう考えながら、「選挙管理委員会」に色々尋ねてみようと思い、仕事で県庁へ行ったついでに「選管」を尋ねてみた。

そこへ、偶然にも、待機していた数名のマスコミの担当者から「出馬するのですか?」と尋ねられ、「いえ、出られるのなら出たいのですが」と答えたのが出馬の始まりであった。

 手探りで始まった12・16衆院選。

その時、まるで「若葉マーク」を付けて走り出した選挙戦に「マスコミ関係者」は暖かかった。

しかし、選挙はまず300万円の供託金が必要。ポスター代金。それからポスターを貼ってくれる人(これがいないのだ。

スタッフと夜中まで、いや、朝までかかって、ポスター張を続けた。ところがそのポスターを張るとすぐに「破られ」「なくなる」などの繰り返し。スタッフは「1ブロック10分ぐらいかかって貼って、戻ってくると張ったばかりのポスターが無くなっていた」。とこのようなことが続く。。

しかし、衆院選では無所属の私は「NHKの政見放送も政党の申し合わせ?によりさせてもらえない。

そこで、選挙戦始まって途中から選挙カーを作った。しかし、後、投票まで、6日というところで選挙カーではその効果はみえている。

最後に唯一残されたのは、選管が家庭に配る「選挙公報」。これは投票日の2日前までに絶対に配布されるのだから「ほとんど全員が私の公約をみる」ことになる思い、これに最後の期待をかけていた。

ところが、その広報までが、私のエリアーを中心に配布されていなかった。

この事実も選挙後に知った。

また、投票日前日、私が教師時代の赴任校「博多区」(博多山笠のある櫛田神社の隣)の小学校前で、演説して終えようと思い、演説を始めると怪しい男女が私の選挙カーをめがけて襲ってきた。

スピーカーの調子が悪かったことと雨だったことで、クルマの中にいたからよかったのだが、その男女は「ステッキ」などを振り上げ、クルマの外から「開けろ開けろ」と窓やドアをバンバンたたく。

だれも、助けには来ない。仕方なく、警察に110番した。警察がやってきたので私たちはそこを立ち去った。

何とも酷い選挙だったことだろう。

ここで、出てきた男女の暴漢たちは場所から考えると、現在政権を担当している政党の応援団ということになる。

恐ろしい国日本。このような普通では考えられない人物たちが中心になって政治が動かされている日本。

政治は好きではない。

どちらかというと、エンターテインメント的生き方を望み、学校進学の時、東京の4年生大学の文学部へ進みたくて「担任の先生」に何度も相談した。しかし、先生は、「家庭の事情で、資金的に余裕が無いのなら、教師になるのが早道だそれからでも文学の道は進める」という言葉で、教師を選んだ。

もしも、私に、政治家や官僚になって「国家権力」を手に入れたいと若いころから思っていたのなら今のような人生ではなかった。

もっと早くに政治家の道を志したであろう。

なぜ、今更このような道を選択するのか?

私自身「自問自答」付きまとう

もう、自公民で素早くとんでもないことを行っているから、もう手遅れかもしれない。

しかし、今、ここで、政治を既成政党に任せてたら本当に日本人はどうしようもないところまで落とされるのではないだろうか。

?そう考えたとき、引くには引けない「政治への決意」をあらためて確信したのである。