政治は嫌だ、自分にはほかに才能があるから政治家みたいなものにはならないよ!などと言ってそっぽ向いてたみなさん、そのようなことを言っている時ではない。

katsukosenkyo
戦後の「平和ボケで自由と民主主義」の中で生きてきた私達こそが政治を奪い返して、為政者になるときではないのか?

(具体的な政策は後日このサイトに掲載します。)

私が12・16衆院選に出馬した時、「なぜ立候補したのか?」「何がしたいのか?」などと質問する人がいた。

この質問は大事なことだと思う。

しかし、世襲議員の麻生さんや安倍さん小泉さんなどに同じ質問をする人が何人いるだろうか?

みなさんの意識の中に、「世襲で立候補」するのは当然という思い込みがあるために、おそらくは無所属で出馬した私に対して質問するようなことはしないだろう。

しかし、世襲であったり、タレントやオリンピック選手だった人で立候補した人にも、私のときと同じ質問をしてほしい。

すると、どのように答えるだろうか?それが、一番選挙にとって必要なことではないだろうか?

もしも、麻生、安倍、小泉氏やそのほかの既存政党から立候補する人達が、私と同じように世襲ではなく、政党からでもない出馬だった時、国民は彼らに投票するのだろうか?

民主政治は家制度で行なうものではない。立候補したその人格で判断するものだと思う。

 だが、「家が力を持っていたら、その力で政治がうまくいく」から、世襲に投票するという国民もいるかもしれない。確かに、政治家になった人物に「有力なコネ」が「を家系を通じて有するならば、それが国際的にも日本国民にとっても有益な政治になるコネならば、世襲議員を当選させることで、利益になるかもしれない。

 そういう意味からすれば現在の、戦後の政治家、既成政党、財界、官僚たちは国際的にも太い人脈とパイプを持ってると思われる彼らに選挙を通じて強い力を持たせることは一理あるかもしれない。

しかし、現在、その彼らの太いパイプと人脈が「日本国民のため」になっていると言えるのだろうか?

TPP,原発、貧富の差の拡大、自由に見えて実際は一部の既得権のために一般国民の自由なあらゆる活動は制限されているなど、現在の日本の国情は「戦後の政治家、既成政党、財界、官僚たちが国際的な太い人脈とパイプを持ち、強大な既得権を掌握している」為に、逆に、日本国民のための政治は行わずに、国外の太い結びつきの人脈のための政治をしていると言えるのではないだろか?

日本国民のためになすべき政治が、日本国民を苦しめる政治となっていることは近年の日本国内を見れば歴然としてる。

 したがって、このまま、既成の政治家に投票することは「国際的ににも、戦後の政治家、既成政党、財界、官僚たちは太い人脈とパイプを持っていることから、これらの既得権を持つ人達だけが喜ぶ政治になってしまう」ことは明らかである。

 今まで、政治は嫌だ、自分にはほかに才能があるから政治家みたいなものにはならないよ!
などと言ってそっぽ向いてたみなさん、そのようなことを言っている時ではない。
戦後の「平和ボケで自由と民主主義の中で生きてきた私達こそが政治を奪い返して、為政者になるときでなないのか?

今、世襲政治家を中心にがっちりとスクラムを組み「権力の中身を国民に見せないように黒いカーテンで多い隠した、風通のし悪い政治(統治機構)」を、少しでも、国民が見えるように黒いカーテンを取り除き、風通しを良くし、日本国民のための政治となるようにするとき。

今を置いて他にあるだろうか?